三月八日
- takashimorijiri
- 2022年3月8日
- 読了時間: 2分
更新日:2022年4月25日
雪かきをした。
かいてもかいても雪しかでず、止水栓はどこへやら消えてしまった。
雪に土が混ざると溶けやすい。
屋根の雪がすべて道路に落ち、周りの家の方が片づけてくれた。
最近、吉本隆明の「全南島論」を読んでいた。読もうと思ったのは、たまたま中島岳志がパーソナリティをつとめている早朝のラジオをきいていてその話題がでたからだ。中島と吉本というと数年前に親鸞についての各々の本を読んだ。吉本は親鸞のことばに寄り添った、中島は戦意高揚に親鸞の思想がどのように利用されたかを読み解いた、と記憶している。
「全南島論」からの連想、柳田國男-宮本常一の山の民について、中沢新一「悪党的思考」、ジェームズ・C・スコットの「ゾミア」、ピエール・クラストルの「国家に抗する社会」、ドゥルーズ=ガタリ「千のプラトー」、他いつかのアナーキーな本。
各々の平地民と山の民との対比、対立、迫害、反抗、支配、共生。あるいは定住民と移住民、農耕と狩猟採集、遊牧との。縄文と弥生。国家以前のクニ、共同体、アジール。
その場にいながらの移動、逃れとしての想像、儀式、神話、文学。変わりゆく世界で生きるための祈り、あるいは技術としての芸術。「老子」的な、あるいは「荘子」的な自足的な個の生、遊び。「孔子」、「儒学」への批判、原理主義的な安藤昌益(いささかお堅い)。
原理主義にむかうのではなくて――そこは何もない(あるいは全てがある)0/1の場所だから――、ヒントをもらうこと。ドゥルーズのいうところのアイロニーからユーモアへの折り返し。n-1。
目的を忘れただただ雪をかいているじぶんに気づくが、それさえも無意味。コツンコツンとポンコツのスコップが鳴る。木や石だ。もしやこれはと問うが、そんなはずはないことにすぐに気づかされる。止水栓はない。
まえまえから考えていたことだが、今年は狩猟免許をとろうと思っている。なんでもやってみるにこしたこたあない。もっと半端に野蛮に、適当に悪党の方へ。
妹にこどもが生まれた。かわいい、かわいい、かわいい。ぼくももうおじさんだ。せめて変なおじさんでありたいものだ。
甥っ子の泣き声がきこえる。
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