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二月九日

  • takashimorijiri
  • 2022年2月9日
  • 読了時間: 2分

更新日:2022年2月21日



戸隠の家はとても静かだ。それもただ静か、というだけではなくて、やわらかく、それでいて存在感のある静けさなのだ。静寂の木彫がそこにあるかのように(彫刻専攻を辞しながらこの比喩を使うのは罪深いし、自然を芸術で例えるのも愚かだ。主よ、ブッダよ、アッラーよ、ブラフマンよ、ラダよ、グレートスピリッツよ、カムイよ、父ちゃんよ、母ちゃんよ、許したまえ、たまえ、たまえ……〈echo〉)。雪が細かい音を吸収してくれるからだ。

一月中には引っ越すと過去のじぶんはいったらしいが、過去のじぶんのいうことほどあてにならないことはない。それでも少し弁護をすると、結局のところ元々あった三台のストーヴすべてがお釈迦になって浄土に召されており、暖をとる算段がなかなかつかなかったから、ということが被告人のいい分である。

何度か家にいったのだが、ちまちま整理やら状況確認やらしていて、いっこうにいざ引越しという段にならなかった。やはりまず暖かさが必要なのだ、ということにようやくはっきり気づき、安売りされている「コロナ」の石油ストーブをなんとも不謹慎にも購入した。

大昔の大半、また現在のわずか一部の人類なら火を起こして、動物を狩り、毛皮を着て寒さを凌ぐところなのだが、すっかり進歩の波でサーフィンしているぼくは文明の利器に頼らざるをえないのだ。アーメン、ハレルヤ、ピーナッツバター(『ブラックラグーン』より引用)。

いずれは薪ストーヴを設置し、また暖炉なんかもつくってみたいと思っているが、それは次の冬、次の次の冬、あるいは次の次の次の冬の話で、ひとまずひとが住める暖かさはこれで確保できた。

ということで、あとは庭に積もった一メートルの雪からなんとか止水栓を掘り当て、トイレを溶かし、凍結防止に念を入れればとりあえず暮らしてはいけるだろう。

そういえばむき出しになっている水道管に巻きつけた布がすっかり消えていたのだが、あれはなんだったのだろう……。お、お、おばけ?(お、お、おそらく、ネ、ネ、ネズミだろう、あはあ)

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