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八月三日

  • takashimorijiri
  • 2021年8月3日
  • 読了時間: 3分

更新日:2021年9月4日

屋根にルーフィングをはるために松代のおっちゃんと戸隠にむかった。

足場にはしごをかけ、寸法をはかる。釘が出ている場所をうちこむ。しかし家の鍵を忘れ、トンカチがなかったので、裏の家のかたに借りる。トントントン。

すると、どこからか蜂が飛び出てきた。あっという間にかこまれ、ぼくははしごを降りる。右手の親指の付け根に痛みが走る。蜂に刺されたのだ。おっちゃんが落ち着いて降りろという。ぼくはおっちゃんの指示どおり傷を吸い、毒を抜く(ほんとは危険)。それをはき出し、繰り返す。流水で洗い流す。

ぼくは殺虫剤を買える場所を裏の家のかたに聞いた。そしてその商店にむかう。

やってるのかやってないのかわからない商店にはいると、そこには雑然と商品と、ダンボールに入っている荷物が置かれている。

ぼくは「すみませーん」と呼ぶ。何度か呼ぶ。しかしなかなか店のひとは出てこない。ぼくは酒の棚を物色する。ビールが異常に高い、山価格というわけだ。しばらくすると、店主らしいおじいさんがあわててマスクをつけながら出てきた。

「蜂の殺虫剤なんてありますかね」ぼくはいった。

「いやあ、ないなあ」おじいさんがいう。

「どこか置いてそうな場所あります?」

「ここを下った支所のそばにある酒屋、JAの近くの。そこになきゃもう戸隠にはないね」

「あざす!」

ぼくはその場所にむかった。戸隠の中心地といってよい辺りだ。市役所があり、警察署があり、小中学校がある。

商店に入る。例のごとくやってるかやってないのかわからない。

「すいませーん」それを何度か繰り返す。

「はあいい」おばあさんがあらわれる。

「すいません。蜂に効く殺虫剤ありますか?」

「ああ、それだよ、それ」とおばあさんはスプレーを指さす。

「えーと、これ、クモ用って書いてありますけど?」

「えっ、ああそう、あれおかしいなあ」

「これじゃないすか?」ぼくは蜂用のスプレーを発見し、おばあさんに見せる。

「ああ、これこれ」

「これ、いくらすかね」

「あい、ちょっと待ってね」おばあさんはゆっくりと、レジにまわる。そしてスプレーにバーコードリーダーを近づける。ピッ。「1990円ねえ」

「高っ! カード使えます?」そのときちょうど現金を持ち合わせていなかった。なんと財布に千円しか入ってなかったのだ。まあ、口座にだってそんなに入ってるわけじゃないけど。

「うーん、この機械ねえ、使えるんだけど、わたし使い方わかんないわ。はは」

「ええ? マジすか」

「ああ、これなら効くよ」

「どれすか?」

「これこれ」おばあさんはキンチョールを指さす。

「へえ」ぼくはキンチョールを手にとり、裏の表記を見る。いろんな虫に効くようだが、そこに蜂の文字はない。「ほんとに、蜂にも効くんすか?」

「ええ、効くよお」

「ほんとに?」

「ええ」

「蜂! に効くんすよね?」

「ええ」

「蜂! ですよ?」

「ええ」

「蜂! ってわかります?」

「ええ」

「ちなみにいくらすか?」

「えーと」おばあさんはピッとやる。「780円ね」

「へえ、ちょっと待ってください」

ぼくは車に置いてあるスマホで「キンチョール 蜂」をググった。ほう、どうやらとても効くらしい。ぼくは店に戻り、キンチョールを購入した。

屋根の上を観察すると、小さな蜂の巣が二つあった。ぼくはその二つにキンチョールを吹きかけた。蜂はみるみる動きが鈍くなり、やがて死んでいった。逃げていって反撃のためか戻ってきた蜂にもぷしゅーっとかけた。ごめんな。

抜け殻になった巣をよく見ると蜂の子がいる。

「おっちゃん、蜂の子いるよお」ぼくはいった。

「今夜のつまみだあ」とおっちゃんはいって、蜂の子をつかみむしゃむしゃ食べた。


※キンチョール780円はいま思うと高い。



 
 

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