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三月二十七日

  • takashimorijiri
  • 2022年3月28日
  • 読了時間: 3分

戸隠にむかう途中から望むことができる厳しい岩山の連なり、戸隠連峰の雪も少しずつ消え、黒い岩肌が広く露出しはじめている。戸隠には修験道がさかえたが、たとえ修験者じゃなくても、あの険しい山々にこの世ならざるもの、神的なものを感じ畏怖を覚えたことだろう。そこには仏教、神道よりもっとまえからある名もなき山岳信仰を夢想させるものがある。俗物のぼくでさえ、毎回仰ぎみるたびにおおっと思うのだから。


家につき、中にはいると、壁と床に空いている穴付近に小動物の足跡があり、家の中のものが少し荒らされている。水道管に巻きつけた布がなくなっていたのも、おそらくその動物のせいだろう。裏の家の方にきくと、ハクビシンのようだ。山側の外壁の下に掘った穴があった。昼は森で餌をとり、夜になると家にもどってくるらしい。ぼくは穴という穴をひとまずふさぎ、かれらの侵入口をたった。これでどうなるか様子をみる。

雪どけの湿気で、床の材木はだいぶ傷んでいる。

今年の豪雪で屋根も部分的にまた破損がひどくなった。そこも手を入れなければ。

トイレの氷は溶けていたので、止水栓をあけ、水を流した。これで住める、と安心すると、便器の下から床に水が漏れでているのに気づいた。よく便器の中を調べると、パカッっとひびが入っていた。おそらく寒暖差による膨張と収縮でわれたのだろうと最初思ったが、もしかしたら、以前氷をわろうとハンマーで叩いたり、熱湯をかけたりしたのがいけなかったのかもしれない。もしそれが原因だとしたらぼくはアホだ。いや、アホであることはまえまえからわかっていたが、それにしても呆れる。とほほである。

とはいえ、ぼくは失敗なれしていることが強みであって、そう簡単にはへこたれない。放っておけば、シゼンの総体のようなものに侵食されていくのは、人工物の常であることは承知している。抵抗を示さなければならない。

「あのお、シゼンさん、実はここ、ぼくの生活範囲なんです、まだ住んでないんですが、これから暮らそうと思ってるんです。ちょっと困るんであまり入らないでもらえないでしょうか?」とわずかばかりでも意思を表す。

「は? 何いってんのあんた。ここにはもともとあたしたちがうまいことやってたのよ。そこにあんたらが勝手に家おったててなんの許可もなく住み始めたんじゃないのよ」

「たしかに。でもそんなこといったってどうすればいいんですか」

「知るかよ。てめえで考えな」とシゼンさんがいう。厳しいがそのとおりである。

とはいえ、人間だってシゼン物にはちがいないのであって、そこのところの理屈をこねて、なんとかうまい具合にやっていこうとするしかないのである。そりゃ、なんでもかんでも一種一個体の思いどおりにはいかない。なんとかシゼンさんと交渉しながら、いい塩梅で手を打ってもらうしかない。


裏の家の方に、ぼくが店をやろうと思っていることを話すと、とても喜んでくれた。住人のほとんどが高齢者であるこの土地で、若いひとがくるというだけで歓迎される感じがある。店ができて、いろんなひとが来たり、集まれる場所ができると、集落が活気づくとのこと。ひとに喜ばれると、ぼくも素直に嬉しくなる。少しやる気になる。こんなぼくでも必要とされるからだ。とはいえ、すぐに店ができるわけではない。やはり何をやるにも手間と時間、そしてお金がかかる。行政からの助成や、銀行からの借受も考えることにする。しばらく何年かは、シゼンさんと相談しながら狩猟と農、採取、食、空間、経済もろもろのバランスを模索し、紡ぐことに注力することになるだろう。先のことはわからないが。



 
 

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