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九月十五日

  • 2024年9月15日
  • 読了時間: 1分

更新日:2024年9月16日

三か月ぶりに日誌を書く。介護の仕事をはじめ、それに対応するまで時間がかかっていた。少しずつ慣れてきたから、徐々に諸々とりかからなければ。何もしていなかったわけではなく、読むべき本を読んで、文を書いて、いくところにいってはいた。そこそこ楽しんではいた。この家のことはほぼできておらず、草が生い茂り、畑も庭も飲み込まれている。まずは草刈からしようと思う。それと並行して、釜戸の仕上げ、暖簾の制作などして、十月以降ひとをよべる準備をしていく。そのまえに最近実家に帰ってばかりいたから、戸隠で生活する基盤をもう一度つくりたい。

おそらくこの家は田舎にぽつぽつある「やってるかやってないかわからない店」になるだろう。実際やってない時間のほうが長くなるのだし、ここらへんが落としどころだな、という気がしている。稼ぐ気はまったくうせてしまった。稼ぐのだったら、他にやりようはある。この場所でできることで、自分の無理のない範囲で、ひとりの生活を楽しめて、たまにひとが来るくらいが理想なのだろう。

 
 

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