十一月二十六日
- takashimorijiri
- 2023年11月26日
- 読了時間: 2分
銃の所持許可の申請をしてきた。これで順調にいけば年内に銃が手元にくる。すぐに猟にでたいがまだ射撃に自信がないから数回射撃場にいくことになるだろう。
銃をもって山に入ることを意識しはじめてからトレーニングを求めるようになった。冬の山に入ることがすなわち死を予感させるものであり、その防衛として身体を使いやすくしておく方向に精神が舵をきりたがっていた。ぼくはそれに従って各種ストレッチ、スクワットや腕立て、体幹を鍛えるトレーニングをはじめた。
このことから連想して、狩猟と戦争について考えおよんだ。以前読んだグレゴール・シャマユー「人間狩り:狩猟権力の歴史と哲学」では、狩猟が戦争の訓練として機能していたことが書かれていた。戦争が十分に狩りを想起させるものであると同時に戦争自体が国家化した共同体から押し出されるように発達した狩りの欲動のようなものに思えてきた。
ドゥルーズ、ガタリ「千のプラトー」の戦争機械、という抽象概念。遊牧民にみられる顕著な闘争的な資質は定住民の共同体、国家に包括されていった。けれども国家は戦争機械をコントロールしているようで、実はそうは言いきれない部分がある。それが戦争機械という抽象概念でとらえられていた気がする。たとえば国家のゆるみに乗じておこる軍事クーデターや、国家によるまとはずれな侵略戦争とは戦争機械の暴走以外の何物でもないと思える。
柳田国男や宮本常一が研究していた山の民の一部は狩りを生業とした半移動生活者だった。かれらは農耕を中心として文明を築いた定住民と交流しながら生活をつづけていたが、日本が近代国家化するにつれ、制度から追いやられ、また囲われ、独自の文化や生活が消滅していった。アイヌもまたそうかもしれない。これはいくつか理由が考えられるが、近代国家がかれらのなかにある戦争機械を恐れたことも理由のひとつかもしれない。
_edited_edited_edited.png)