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四月二十一日

  • 2024年4月21日
  • 読了時間: 2分

冬の雪のせいで、去年ふさいだ箇所が破損し、雨漏りが発生する。幸い玄関だからいいが、放っておくわけにはいかない。重い雪に耐えられる素材で骨組みし、その上から昨年と同じようにシールをはることになるだろう。春先の堅く凍った雪の圧力に耐えられるようにしたい。

そろそろ畑の準備をしたい。周りの家はとっくに畑仕事をはじめているが、ぼくはまだ手がまわっていない。現実逃避に薪づくりをせっせとしている。おかげでだいぶ薪ができた。松代の叔父が、近所のいらない木を切ったりしていて、その一部をぼくがもらっている。ぼくも戸隠でそういったことをすれば、木が邪魔なひとも助かるし、ぼくも助かる。エネルギーをどんどん貯蓄し、暖、風呂、飯に使えば、貨幣なしの経済がまわる。経済は英語のeconomyを訳語だが、語源は古代ギリシア語のoikos-家、nomos-法の合成語でオイコスノモス、つまり家政を意味する。経済は家をやりくりする術であることを思い出す。

金がない。事故で保険を使ったから等級が上がったことと、車のローンがのしかかってくる。なんとかなるべく金を使わずに好きに生きる方法を考えていく。読書はできるが、本はなかなか買えないし、図書館も遠い。買い物にも、仕事にもガソリン代がかかる。畑をうまくやって、食べ物を充実させることは考えられるし、肉も狩猟で手に入れられる。日々工夫しながら、少しでも「よい」暮らしをしていきたい。

店の方は、水質検査の結果を受けて、プランを練っているが、春になって貯水槽から水がでるようになったらしく、もう一度水質検査をやれば通るかもしれない、と裏の家の方がいっていた。ひっかかった大腸菌群の項目だけだと5千円で済む。どうするか。そのことも考えながら、あるいは考えないようにしながらなるべく手を動かすようにしている。ゆっくりとぼうっと過ごせる時間は少ないがいまは仕方がない。生活の基盤をつくっている時期なのだが、いろいろと負荷が大きくなるのはしょうがないことだ。

 
 

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